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大阪高等裁判所 昭和60年(う)1130号 判決

本店所在地

兵庫県尼崎市東難波町五丁目二一番七号

株式会社 大産建設

右代表者代表取締役

高鍋萬理子

本籍

韓国慶尚南道咸安郡咸安面北村洞九二二

住居

兵庫県尼崎市武庫之荘六丁目二五番二二号

会社役員

山下正一こと金基徳

一九三七年七月一五日生

右両名に対する法人税法違反被告事件につき、昭和六〇年九月六日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、各弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 沖本亥三男 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人木原邦夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、(一) 被告人株式会社大産建設(以下、「被告会社」という。)の実質上の経営者である被告人金基徳(以下、「被告人」という。)は、原判示第一の事実の法人税確定申告の期限後ではあるが確定申告書を提出しているから、犯則所得は事実上半減しているし、被告人が法定の期限内に確定申告書を提出できなかったのは、経理担当者である西平信子が多額の会社資金を領得しては記帳をごまかし、自己の不正を糊塗していたことによるのであるから、これらの事実を看過した原判決の事実認定は誤っている、(二) 同第二の事実については、1 被告人は、原判示のように、西平に脱税を指示したり同人と脱税を共謀したことはないし、原判決が「申告内容の信憑性」の項において認定説示するところも、単純な誤計上や被告人の脱税の意図と結びつかない架空の労務費等の計上を脱税の意図と結びつけ、全く事実のない重機修理費の繰上げ計上等をも認定して、被告人の犯意を認定した点で誤りであり、2 本件証拠を総合しても、原判示第二の事実に関する被告会社の所得額は、とうてい認定できないから、原判決には、これらの点においても、事実誤認があり、(三) 原判決が「各説」の項において認定・説示した事実関係についても、重要な誤りが存し、概括的にもせよ被告人に本件脱税の犯意を認めた原判決には、事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判示各事実は、所論脱税の犯意、西平との共謀、各所得金額等所論指摘の点を含め、これを肯認するに十分であり、右認定は、当審における事実取調べの結果によっても、何ら左右されない。以下、所論にかんがみ、若干の説明を加える。

(一)  原判示第一の事実に関する事実誤認をいう所論について

しかし、まず、帳簿上に架空の労務費等を計上してその所得を秘匿したうえ、法人税確定申告書の提出期限までに所轄税務署長に対し申告書を提出しないという不正の行為をしたときは、納期限の徒過により直ちに法人税逋脱罪が成立し、その後における確定申告書の提出等の事実は、既遂に達した逋脱罪の成立に何らの影響を及ぼすものではない(最高裁昭和三六年七月六日判決・刑集一五巻七号一〇五四頁参照)。また、被告会社の経理担当者である西平信子が、多額の会社資金を領得しては記帳をごまかしたこと等所論主張の事実があったと仮定しても、被告人が法人税法七五条に基づく確定申告書提出期限の延長を申請することもなくこれを徒過したことが正当化されるいわれはないし、被告人が、予め架空の労務費及び重機賃借料を計上するなどして所得を秘匿していたことが明らかな本件においては、右の点が被告人の脱税の犯意の有無の認定に影響を及ぼすものであるとも認められない。所論は、採用できない。

(二)  原判示第二の事実に関する事実誤認をいう所論について

1  西平との共謀の有無について

しかし、原判決挙示の証拠、とくに、東親叙、西平信子(昭和五七年一〇月六日付、同月八日付)及び被告人(同月六日付、七日付、八日付)の検察官に対する各供述調書によれば、昭和五六年六月期の税務申告にあたり、被告人が西平に与えた指示の経緯・時期・内容等は、原判決が「争点に対する判断」の総説二「五六年六月期の税務申告」の項において認定するとおりであると認められるのであって、これによれば、被告人が、右認定にかかる西平への指示等を通じ、同人と法人税逋脱の共謀を遂げたことは、明らかであるといわなければならない。

所論は、被告人は西平に対し、動力燃料費等に関する杜撰な計算関係を指摘し、右の点の再検討を命じたにすぎず、法人税逋脱のための工作を指示したことはないと主張し、被告人の原審供述を援用するが、前掲西平の検察官調書の記載は、同調書末尾添付の貸借対照表(写し)の書込み部分などの客観的事実関係に照らし、その信用性は高いと認められるのに対し、所論援用の被告人の公判供述は、自らの捜査段階における供述とも矛盾するうえ、内容的にも合理性に欠け、とうてい措信し難い。所論は、採用することができない。

2  原判決の「申告内容の信憑性」の項の説示を論難する所論について

所論は、多岐にわたるが、その主張の要点は、(1) 原判決指摘の平井商店からの架空の領収書を重機修理費の徴憑として、架空の重機修理費を計上した点は、単純な誤計上であって、利益調整のための架空計上ではないし、架空の労務費や重機賃借料の計上はあったが、これも、法人税逋脱を企て所得を秘匿するためにしたものではない。(2) 原判決の指摘する重機修理費の繰上げ及び水増し計上はなかったし、未払金の架空計上もなかった。(3) 被告会社に原認定のような所得がなかったことは、被告会社が簿外資産として何ら所有するものがないことに照らし明らかである、というものである。

しかし、まず、右(1)の点については、所論指摘の平井商店の架空の領収書は、被告人の依頼に基づき平井鋭海が作成したものであることが明らかであって(平井鋭海の昭和五六年一二月一二日付、西平信子の同五七年六月三日付大蔵事務官に対する各質問てん末書。なお、以下においては、これらを、「平井鋭海の56・12・12付てん末書」のように略記する。)、これが、被告人の所得秘匿の意図と無関係に、架空の重機修理費計上の徴憑書類とされたとは、常識上とうてい考え難いし、また、架空の労務費や重機賃借料の計上を認めながら、所得秘匿の犯意を否定する所論も理解し難い。所論は、被告人が被告会社の所得を秘匿したものでないことは、右架空経費の計上によって得られた資金が、簿外の交際費、リベート、諸経費として費消され、現実に何らの資産が残存していないことからも明らかであると主張し、被告人の原審及び当審各供述中には所論に副う部分もあるが、所論も認めるとおり、被告人は、自ら支出したと主張する交際費、リベート等の内容を「会社の死活にかかわる」として頑として供述しないので、右主張にかかるいわゆる簿外経費が、正当な経費として税法上首肯されうるものであるのかどうかを確認する方法がなく、このように、何らの根拠を示すことなく、単に簿外経費として使用したとするにすぎない被告人の供述に、原認定を左右するに足りる証拠価値を認めえないことは、明らかなところと思われる。

次に、前記(2)の点のうち、重機修理費の繰上げ、水増し計上の点に勘する所論の要点は、被告人が損金処理をした重機修理費は、税法上当然昭和五六年六月期の重機修理費として是認されるか、全くの手続上のミスにより誤って修理費として計上されたものにすぎない、というのである。しかし、所論は、昭和五六年七月以降に現実に修理・納品が行われ(但し、六月中に修理に着手して七月に入って完了した分を含む。)、従ってまたその代金請求も七月以降に行われたものにつき、被告人が各取引先に依頼して、見積書や請求書の日付を六月以前に改ざんさせたという。原審で取調べずみの証拠によって明白な事実(キャタピラ三菱関係につき、山中清一の57・2・22付、被告人の57・6・2付各てん末書、兵庫小松関係につき、岡本利一の57・2・10付、東親叙の57・4・6付、西平の57・6・18付、被告人の57・3・16付各質問てん末書、小松製作所関係につき、大橋登の57・6・21付、東の57・6・4付各てん末書等各参照)を無視するものであって、とうてい採用し難い。

また、前記(2)のうち、未払金の架空計上の点に関する所論の要旨は、キャタピラ三菱、兵庫小松及び小松製作所三社にかかる重機修理費につき、被告人は、三社請求の金額から既払額を差引いたものを修理費未払金として計上したもので、被告人は、右三社に対しクレーム、値引等を請求してはいたが、請求先の三社による値引き処理が通知されておらず、未確定であったのであるから、修理費未払金の計上に何ら不当な点はない、というのである。しかし、原判決挙示の証拠、とくに、岡本利一の検察官調書、山中清一の59・3・15付てん末書、東親叙、西平信子(59・10・6付)及び被告人(59・10・6付)の各検察官調書などによれば、被告人は、右三社から重機修理費の請求があると、各社に対しその都度大幅な値引きの請求を強く行い、右請求分を控除した金額を西平に支払わせるのが常であって、各社においても、右請求分については被告会社から支払を受けることを断念して、これに照応する値引きの社内処理を行うのが、長年の慣行となっていたのであり、被告会社が右三社に対して残高照会をしたり、三社が被告会社に対し右値引分の請求をしたことは一度もないことなど、原認定にかかる事実関係を認めるに十分であって、右認定と抵触する被告人の原審供述は措信し難い。そして、右の事実関係のもとにおいては、被告人の三社に対する値引請求に対応して、各社で値引処理が行われていることは、被告人においても十分認識していたと認めざるをえないのであって、右認定は、所論のいわゆる赤伝票が右三社から被告会社へ送付された事実がないことによって、左右されるものではない。そうすると、それにもかかわらず、被告人が、右値引請求分を未払金として損金に計上処理していたのは、所得秘匿の意図に出たものと認めるほかはない。所論は、採用し難い。

最後に、所論(3)の主張が失当であることは、所論(1)に対する判断として説示したところに照らし、明らかであるから、再説しない。

3  原判決の「各説」の認定・説示を論難する所論について

所論は、原判決が「争点に対する判断」の「各説」において認定・説示するところの片言隻句を促えてるる論難するが、そのいわんとする趣旨は、結局被告人には、概括的にせよ法人税逋脱の意図がなかったのに、これを認めた原判決は不当である、というに帰すると思われる。しかしながら、本件において、被告人に法人税逋脱の意図を肯認しうることは、原判決説示のとおりであると認められるのであって、このことは、これまでに説示したところに照らし、すでに明らかであると考えるが、所論にかんがみ、すでにした説明と重複しない限度で、若干の補足をする。

(1) 西平の横領と記帳の不正確に関する指摘について

被告会社の経理担当者である西平が会社資金を横領したという事実があった場合に、被告会社が、これを税法上損金として計上することにより所得金額を軽減する手段のあることは別論として、かかる正規の損金処理の手段によることなく、被告人において、右損金を実質的に補填するため、他の架空経費を計上して所得の圧縮をすることの許されないことは当然であって、この点に関する原判決の説示に違法・不当のかどは見当らない。また、西平の帳簿処理が、所論のように不正確・杜撰であったとしても、そのことの故に、架空の経費を計上するなどして所得の圧縮を図った被告人の行為が、正当化されるいわれはない。

(2) 西平供述を認定の資料とすることの当否について

西平は、被告会社の経理担当者として経理の実際を最も良く知っている者であるから、同人の供述が、本件法人税逋脱の事実に関する最も重要な証拠であることはいうまでもなく、他の証拠関係等に照らしその供述の合理性が疑わしい等特段の事情の認められない限り、これを本件の事実認定の資料となしうることは、当然である。原判決の所論説示部分も、(措辞いささか簡略ではあるが、)右の趣旨において西平供述を援用していると認められるから、何ら不当なものではない。

(3) いわゆる資金繰り表未返還の主張について

所論は、被告人は、その主張の重要な根拠となるべき資金繰り表二冊の返還を受けておらず、困難な反証活動を強いられたといい、原審弁護人の第四回冒頭陳述書の末尾には、右主張にかかる帳簿が、国税当局によって押収されたまま紛失したとしてこれに抗議する趣旨の作成名義のない書面が添付されているが、所論指摘の帳簿二冊は、大蔵事務官作成の差押てん末書(検126号)の差押物件目録中に見当らず(被告人自身も、その主張する帳簿が、目録中のどれに相当するのかを、明らかにすることができない。)、国税当局が、特段の理由もなく、差押調書への記載をしないまま物件を差押えるということは考え難いことであるから、右所論は、その前提を欠くことが明らかである。

(4) 岸本建設の小切手について

所論は、被告会社が岸本建設(なお、原判決中「岸田建設」とあるのは、「岸本建設」の誤記と認める。)あてに提出した小切手(額面一一七万八五〇円)の戻入を、原判決が雑収入として計上している点が不当であるというが、所論がその主張の前提とするとみられる岸本建設に対する重機賃借料三八九万八五〇円の別途支払済みの事実(原審弁護人の第四回冒頭陳述書別表13参照)は、これを立証する資料が全くないから、所論は、失当である。

二  控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、量刑不当を主張するので、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、被告会社の実質上の経営者である被告人が、同社経理部長と共謀のうえ、備付の帳簿に架空の労務費及び重機賃借料を計上するなどの行為によりその所得を秘匿したうえ、法定の期限までに確定申告書を提出せず(原判示第一の事実)、又は、内容虚偽の確定申告書を提出して(同第二の事実)、昭和五四年七月一日から同五六年六月三〇日までの各事業年度の法人税合計四六八三万余円を免れたという事実であって、右脱税の手段・方法、脱税額等に照らし、原判決の量刑(被告会社に対し罰金一〇〇〇万円、被告人に対し、懲役一年、執行猶予三年)は、まことにやむをえないものであって、これが重きに失して不当であるとは認められない。いわゆる納税の義務は、国民の憲法上の義務であり、外国人たる被告人は、右憲法の規定の直接の適用は受けないにしても、内国法人を組織して、国内において経済活動を行う以上、法人税法の定めるところに従い、右義務を誠実に履行すべきことは当然であって、詐偽又は不正の行為によって右義務を免れたときは、相応の刑罰を甘受しなければならない。被告人は、公判廷において、西平信子の不正行為により正しい申告ができなかったとし、責任をあげて同人に転嫁しようとしているが、かりに本件において西平の不正行為の介在を認めうるとしても、被告人自身も同人と共謀のうえ所得の圧縮を図ったと認めざるをえないことは、すでに説示したとおりであるうえ、そもそも、被告人のように、高価な重機数十台を抱え、相当規模の事業活動を行いながら、会計帳簿等の整備をなおざりにして、杜撰きわまる経理上の処理を放置していたこと自体が、被告人の納税義務に対する意識の低さを象徴しているのであり、西平の不正行為の介在の有無は、量刑面においても、さして斟酌すべきものとはいえない。また、弁護人は、当審弁論において、被告人が、国税当局から通告、更正された本税、各種加算税、延滞税、法人税、県民税などをすでに相当額(約二億円)納付ずみであるから、右事情を十分斟酌されたいと主張し、当審における事実取調べの結果によれば、おおむね所論指摘の金額の諸税納付の事実を認めることができるが、右は、もともと、被告人が国法上の当然の義務を履行したことを示すものにすぎないのであって、脱税事件の量刑上それほど決定的な意味を持ちえないのみならず、所論指摘の諸税納付の事実の大部分は、原判決言渡し以前にすでに生じていたものであるところ、原審第二八回公判における被告人の供述中には、昭和五八年以降すでに合計二億二〇〇〇万円にも達する税金を支払っているとの点が現われており、原判決の量刑ことに被告会社に対する罰金額は、その逋脱金額との比率等からみて、右被告人の供述を考慮に容れたものと認めるのが合理的であって、原判決言渡し後に納付された諸税の金額を加味して考察しても、原判決の量刑が重きに失するとか、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するとは認められない。

以上のとおりであって、原判決には所論の事実誤認ないし量刑不当の違法は存せず、各論旨は、いずれも理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 木谷明 裁判官 生田暉雄)

○ 控訴趣意書

控訴人 株式会社大産建設

外一名

右控訴人らに対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣旨は左記のとおりである。

昭和六一年一月八日

右弁護人 木原邦夫

大阪高等裁判所第二刑事部 御中

原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存するので、その破棄を求める。

第一 公訴事実第一の事実について

原判決は、該事業年度の所得金額は一、八二五万四、五七九円で、法人税額は六四六万一、六〇〇円であるにかかわらず、法人税確定申告書の提出期限までに、同申告書を提出せず、法人税六四六万一、六〇〇円を免れたとしている。

しかし、記述のとおり、検察官冒頭陳述書で認められているように、申告期限後に確定申告書は提出されている(そのことは原判決も理由中での総説二の冒頭で認めている)。しかも、それは、検察官証拠標目番号一一〇番添付の同事業年度確定申告書記載のとおり、所得金額は七〇五万六、三五〇円、法人税額は一二六万三、八〇〇円として申告されているものであり、仮りにもいわれる犯則所得は事実上半減した額である(弁護人の第三回冒頭陳述書及びその際提出した「修正損益計算書及び増差所得金額の増滅説明書」は、この点を踏まえて控訴人らの主張を明らかにした)。なお、これも記述したとおり、控訴人会社は、現顧問税理士宮下藤繁の関与を得てようやく提出期限までに法人税確定申告書を提出できる状態にもなったが、それまでは、経理部長西平信子の経理能力が十分でなく、他にこれに代わる者もいない状況から、やむなく提出期限までに申告できなかったものである(宮下証人調書他参照)。そればかりか、あろうことか、当の西平は、昭和五二年七月頃から昭和六〇年一月末までの間に、多額の会社資金を不法領得(業務上横領)している驚くべき事実がある。因みに、その件は、その後控訴人会社においてできる限り調査を遂げた結果、昭和五四年八月一日から昭和六〇年一月末までの間合計金五、二七五万九、五三七円を横領したものとして、尼崎中央署に告訴し、目下捜査進展中である。けだし、控訴人山下に経理能力がないのをいいことに、会社を食いものにしたものであるが、それでなくてももともと経理能力の不足の上に、自らの不正を糊塗するためおもむくところ伝票のごまかしや小切手の流用等の都度会計帳簿への記帳を勤行するに由なく、全くこれを怠り、毎期決算期に至って一時にでたらめな記帳をすることによって自らの不正を糊塗した形跡である。とまれ、該事業年度において期限までに申告でになかったのは、専らそのためと断ぜざるを得ないし、事務の遅れにすぎずはじめから計画的では決してないこと容易に推認し得るところである。然るに、原判決がこれらの諸点を看過し、前記のとおり認定するには、あまりにも漫然たり、ために事実の認定を誤っているといわねばならない。

第二 公訴事実第二の事実について

一 公訴人会社の経理の実情は既に述べたような特異性があるのであり、これを看過せる原判決の事実認定は、第一の事実についてと同様あまりにも漫然たるものとして承服し難い。

具体的な事実認定に対する反駁は後に述べるが、次の一事に徴してもその失当なことは明らかである。

原判決は、「西平は合計残高資産表、貸借対照表などをまとめてみると当初一億三、〇〇〇〇万円余もの多額の所得が出たのでビックりして帳簿類を検討しなおしてみたが、やはり五、〇〇〇万円ぐらいの所得にはなった。そこで、西平は同年八月半ばすぎになって、当期利益が五、〇〇〇万円と出た試算表、貸借対照表(これを〈1〉とする。)などを山下に提示したところ。山下は、当時所得が五、〇〇〇万円もないはずだと告げ、西平や機械部長東に対しさらに見直しを指示し、西平及び東は、期限も切迫していたところから急拠帳簿類を検討しなおして再び貸借対照表(これを〈2〉とする)を組んだ云々」としている(総説二の五行目以下)。

しかし、会計上の初歩知識としても、そもそも記帳すら遅れに遅れ、しかも自らの不正を糊塗するためにでたらめな記帳がされた中途半端な帳簿により、原価の大きい大雑把な項目について(のみ)概算計算しただけのものは、「試算表」とか「貸借対照表」とはいえない。何かの用途に使われた紙の裏面にメモしている程度の、かかる概算は、まさにメモ書きとしかいえないものである。因みに、その概算書き、殊に原判決のいう「当初一億三、〇〇〇万円余もの多額の所得が出たもの」には、「償却費」、「帳簿売上」、「修繕費他未払費用」は入っていないものであることは原判決もけだし認めるところであるから、かようなものが試算表あるいは貸借対照表の名に価しないことはいうまでもない。端的にいえば、未だ数字は確定していないのである。

とまれ、それを見せられた控訴人山下が、毎年主な原価項目である動力燃料費と売上(完成工事高)の関係で、それはおかしい、もっと正確にやってみたらどうか、といったのは当り前であり、これを直ちに脱税を指示したと短絡することはあまりにも実情を無視するものであり、およそ許されないものである。

ひるがえって、既にも述べたが、控訴人会社の最近の各事業年度業績(完成工事高)は、次のとおり推移している(昭和五九年一二月四日第二四回公判での控訴人山下本人供述調書添付の各事業年度業績比較表参照)。

昭和五五年六月期 九億三、〇五三万円

同 五六年六月期 一〇億三、六二七万九、〇〇〇円

同 五七年六月期 一三億三、五二二万六、〇〇〇円

同 五八年六月期 一三億五、五四九万一、〇〇〇円

同 五九年六月期 一八億二七四万八、〇〇〇円

その経費中最も多額で、従って最も関心のもたれる動力燃料費は、右業績の惟移に相応して次のとおり推移している(前同各事業年度損益計算書比較表参照)。

昭和五五年六月期 二億三、三五二万八、〇〇〇円

同 五六年六月期 二億二、六八三万円

同 五七年六月期 三億二、四六八万五、〇〇〇円

同 五八年六月期 三億五、七六一万九、〇〇〇円

同 五九年六月期 四億一六六万九、〇〇〇円

右昭和五五年六月期と同五六年六月期とでは、完成工事高で一億五七四万九、〇〇〇円増であるにかかわらず、動力燃料費は六六九万八、〇〇〇円減となっている。

因みに、昭和五六年六月期決算書作成途中で控訴人山下が西平から示されたのは、前掲本人供述調書添付の自五五年七月一日至五六年六月三〇日工事原価報告書であり、これと対比したのは同本人供述調書添付の自五四年七月一日至五五年六月三〇日の工事原価報告書であり、前掲各事業年度損益計算書比較表作成時には「その他の工事経費」とされているものをおそらくは加算したためであろう、前年度の動力燃料費は二億七、〇七六万六二二円、昭和五六年六月期のそれは二億二、六八三万一七九円で、実に四、三九三万四四三円の多大な減額となっていた。控訴人山下が「おかしいじゃないか、もういっぺんその辺のところ見直してくれ」(前掲控訴人山下本人供述調書)と西平にいった所以であり、当然のことである。しかも、重要なのは、その滅額分(実に四、三九三万四四三円という多額の、本来経費として当然認められる分)は、西平の杜撰な経理のもと、時間も足らず、そのままとされた経過であることである(控訴人山下は、昭和六〇年二月一五日第二五回公判で、裁判官の尋問に応じ、その間のいきさつを詳述し、明らかにしている(同調書二丁以下、特に一二丁表一二一表)。)。後にも述べるが、公訴事実第二の事実とこれを認容した原判決は、右の背景と事件の発端を忘れ、全てをいたずらに犯行に結びつげた不当なものである。

二、(一) 控訴人会社の経営状況について、原判決も「会計帳簿が普段から十分整備されていなかったことなどで、申告期限が切迫してから西平が合計残高試算表、貸借対照表、損益計算書などをまとめ」としている(総説一の一五行目以下)。しかし、それが未だ実情に程遠いことは、控訴人山下や宮下税理士の公判廷での供述で容易に了知できるところである。重ねて引用すると、控訴人山下は、前掲第二五回公判での裁判官の問いに、第一四期決算について、「一番初めの下書きといおうか、六月の決算が出ないから、やかましい言うたわけです。そのときに、書類というものは何もありませんから……銀行帳もなければ、金銭出納帳もないし、もちろん伝票もないですから、それでお盆過ぎて、それまでに何回か聞いてるわけですよね、決算どないなっとんだと、時間あったときに。はい、はい、もう出来てます、もう月曜日出来ます、聞くたんびに、すぐ出来るような状態が何回かあったわけですよ。お盆過ぎに、出来たん見してみろということになって、何かこう……雑記程度なペーパーにダダダダーッと書いて、こないですわと言うて、これから一所懸命整理しますということで、それだげ見ただけのものです。私自身見たのは。それで盆過ぎて、二〇日過ぎたところでやりますということで見してみい言うたら出来てないということで私が怒鳴ったわけですわ。」(同調書一〇丁裏~一一丁表)と述べているが、公訴事実第一の第一三期決算書が、未だ現顧問税理士が関与していなかったこともあって申告期にに大きく遅れたこと、公訴事実第二の第一四期決算書が、例えば控訴人山下がもっと見てみるように(もっと正確なものにまとめてみるように)いった動力燃料費についてすらそのままとしたもので提出された背景が、手に取るようであり、その間の事情を十二分に語っている。

なお、原判決が「尤も、宮下は当公判廷で右認定に反する供述をしているが、信用できない」(総説一の末尾)としているのは、何をいうのかそれ自体不明である。

(二) 原判決のいう「急拠帳簿類を検討しなおして再び貸借対照表(これを〈2〉とする。)を組んでみた」(総説二の一三行目以下)もので、ようやく貸借対照表らしきものになったとはいえるが、この〈2〉に対しては、原判決の右関係部分からも窺えるように、宮下税理土が、未成工事支出金(帳端分)が挙がっていなかったので、それがあるのではないか、といって、挙がっていない該未成工事支出金を計上させた経過である(同人の証人調書参照)。

してみれば、それ以前の段階で、重ねていえば未だ数字すら確定していない内容と時期に、仮りにも控訴人山下が西平と共謀の上法人税を免れようと企てたというのは、およそあり得ないことであり、全くの空論である。

(三) 原判決が申告内容の信憑性として述べるところは、前記した経理の実情のもと、加えて期限の切迫した時間内での混乱を、全て「所得額を減らそうとしてなりふりかまわず負債を増加していった経過を如実に物語っている」と律し、顧問税理士や弁護人の主張は山下の説明を鵜呑みにし、一般論を展開する空しいものとするのであるが、原判決こそ本件の特異な展開を踏まえ事実を見極める努力に欠けるものがあるのではなかろうか。

1 まず、燃料購入先の平井商店からの架空の領収書を全く関係のない重機修理費の徴憑として、架空の重機修理費を計上してみたりと非難されているが、夙に昭和五八年七月一日付「修正損益計算書及び増差所得金額の増減説明書」の増滅金額の説明書一三頁で明らかにしたとおり、施工工事の燃料消費量が異常に増常し赤字工事となったことから、受注先に対して折衝を行なうための資料の一環として用意された請求書を誤計上したものであり、利益調整のための架空計上ではない。工事が赤字になった場合、元受に対する値上げ交渉のためこの種の便宜によることは業界の常識であり、別段架空の重機修理費を作るための領収書ではない。偶々修理費の額の計算の過程において事務担当者がその請求書を誤って採用したことを全くデタラメと決めつけるのは酷である。

2 なるほど架空の労務費及び重機賃借料の計上もあった。しかし、その一部の事実また金額につき訂正を求めた上、その正確な架空計上内容を前播「修正損益計算書及び増差所得金額の増滅説明書」で纏め、かつ立証済みである(公判廷における西平証人調書、同宮下証人調書、なお労務費の財形、OR会費、期末未払賞与、期末未払労務費については、弁護人の第五回冒頭陳述書二項参照)。それは、法人税を免れようと企ててのことではなく、またそれにより所得金額の一部を秘匿したものでもない。現に、簿外の交際費、リベート、諸経費として費消され、現実に一銭も、あるいは資産として残存していない。因みに、控訴人らの帳簿類は一冊も余さず押収され、従ってその事実は国税当局も知悉せるが故に差押等徴収手続は一切とられていないし、また、控訴人山下は、その出た先を明らかにすることは先方に迷惑掛けるばかりか控訴人会社の今後の死活に係ることであるので、捜査段階で終始口を閉ざしたが、夙に国税当局も捜査検事もその具体的な資金の流れの概略、就中その実情を十分に了知せるものであり、その後の捜査打切りに至った経過である(公判廷における山下本人尋問結果、弁護人の第二回冒頭陳述書添付イ表、ロ表一覧表、同第五回冒頭陳述書四項参照)。右の経過自体が真相を如実に物語っているといわねばならない。

3 既述のとおり重機修理費の繰り上げ及び水増し計上、未払金の架空計上の事実はない。

イ まず、重機修理費であるが、例えば第一四期(自五五年七月一日至五六年六月三〇日)の重機修理費については、当期の総勘定元帳及び補助元帳の帳簿処理が充分でなかった(期の途中まで記帳しその後は記帳未済)ので、当期中におげる修理費の額及び同修理費の期末における未払金残高等は次の要領により計算している。なお、第一三期(自五四年七月一日至五五年六月三〇日)についても概して同様である。殊に前記したとおり、記帳但当者の西平は、その間驚くべき不正流用等を重ねていて、ために全く記帳ができていなかった状態であることに留意されたい。

〈1〉 各相手方からの当期中における請求金額(当法人の検収額)を、請求書等に基づきその内容を精査のうえ、その合計金額を当期中における重機修理費として損金経理するとともに、前期末の未払金額に当期中における請求金額を加算した金額を、当期末におげる修理費の未払金として計上した。

〈2〉 相手方よりの請求書が、締切日及び相手方の社内事務手続の関係で請求日が決算日の昭和五六年六月三〇日以降となっているもののうち、重機の修理補修が決算日以前に終了している(役務の提供を受けている)ものについては、内容について個別検討のうえ、その金額を右〈1〉の請求金額に含めて計算した。右の要領によって計算された金額はいずれも期中における確定債務であり、損金経理は相当である。

右の修理費の金額のうちには、該金額の計算作業の過程で担当者(機械管理部長東と経理部長西平)間の連絡ミスにより金八〇〇万円の重復が認められるが、このダブりはいち早く控訴人らにおいて認められているところであるし、単なる事務手続上のミスによるものであるから、かような一、二の部分的な例を殊更に取り上げて、「全くデタラメというほかない」とか「会社の帳簿の信愚性は全くこれを認め得ない」と全部を律するのは、いい過ぎとしか思われない。

なお、期末の未払残高には既往年度の修正損益(先方との不突合額)の金額が含まれており、該法人の未払金残高と各相手先の帳簿残高との不突合額の総べてが当期中において計上の架空の修繕費の額ではない。

修理費のうち、株式会社小松製作所東兵庫支店二八〇万円、トーヨージャイアントタイヤ販売株式会社七二二万円は、重機械のタイヤの取替用の購入代金が含まれているが、該補修用タイヤ等の消耗品的なたな卸資産の取得についてはそのたな卸資産の取得に要した費用の額は当該たな卸資産を消費した日の属する事業年度の損金の額に算入するのであるが、基本通達二-二一五では取得に要した費用の額を継続してその取得した日の属する事業年度の損金の額に算入している場合には、その処理を認めると規定されている。また、平井商店六三八万五、〇〇〇円は、先にも述べたが、当期中におげる修理費の額の計算の過程において過日事務担当者が他の使用目的で相手方に依頼し入手していた請求書を正規の請求書と錯覚して採用したために生じたものであり、利益調整のために計上した架空の修理費ではない(以上につき、公判廷における西平、東各証人調書、弁護人の第二回冒頭陳述書添付ハ、二、ホ表、同各表に関する同冒頭陳述書二項(二)の供述、前掲「修正損益計算書及び増差所得金額の増減説明書」、その補充である「増減金額の説明書」参照)。

ロ 次に、未払金の架空計上についてであるが、改めて強く否定する。

けだし、例えば、第一四期(自五五年七月一日至五六年六月末日)決済において、キャタピラー三菱(大阪支店、和歌山支店)、兵庫小松、小松製作所(神戸支店)三社にかかる重機修理費につき、三社請求金額から既払額を差引いた金額を修理費未払金に計上した。その理由は、弁護人の第二回冒頭陳述書添付「別表兵庫小松」(ハ表)、「別表小松」(ニ表)、「別表キャタピラー三菱」(ホ表)各記載の各重機について、控訴人会社はクレーム、値引等を要求していて(なおその点に関し、右ハ表、ニ表、ホ表の各保留理由欄参照)、それが、例えば先方各社において赤伝票を送付してくるなどによって確定していず(仮に先方で値引処理をしていても当方にとっては不明である)、いわば未確定であったためであり、それ故の計上であるから、元来正当なものであり、架空計上ではない。

因みに、右ハないしホ表の金額欄計上のものは、三社からの当初の各請求金額であり、これから既払額(内入額)を差引いたものを未払金に計上しているのであるが、該未払金の実数は次のとおりである。

〈1〉キャタピラー三菱分 一、〇六〇万円

〈2〉兵庫小松分 八七〇万円

〈3〉小松製作所分 五一〇万円

右の計上方法とその正当なことは、第一三期についても同じである(以上につき、公判廷での山下の本人調書、同宮下証人調書、前掲「修正損益計算書及び増差所得金額の増滅説明書」、「増減金額の説明書」参照)。

この点に関し、原判決は「右クレーム分は、〈1〉相手方は長年にわたりすでに値引処理してきており、〈2〉これまで相手方に残高照会したこともなく、〈3〉相手方から請求があったこともないというのであり、西平ですら、当時すでに値引となっていると思っていたぐらいで、会社の前記状況下では、右計上は当期の申告所得を滅じるためにしたに過ぎないことは明らかなのである」としている(総説三の二一行目以下)。

しかし、上場法人、監査法人なら残高照合をし、債権債務の確認をしなげればならないこというまでもないが、控訴人会社程度ではそこまでしない実情であるし、殊に西平が「当時すでに値引となっていたと思っていたぐらい」というのは、西平は重機の売買には一切タッチしていないのであるから、それ自体不可解な認定であるし、到底事実に沿わないものである。

(四) 原判決は「会社の所得を確定するに、前掲証拠を検討するに、優に検察官の各冒頭陳述書及び意見書記載のとおり、本件所得額を認めうるところ」(総説四)というのであるが、少くとも既に、公訴にかかる所得額は到底認め得ないことは明白である。

原判決は、「会社の重機の保有数五〇台が本件より三年後に七〇台に増加していることなど会社の発展ぶりが窺え、加えて、当公判段階の最後になって、前記西平が昭和五二年以降同六〇年にかけて、七、八千万円にのぼる横領事件を犯していると主張しだしている。その真偽は不明であるが、とにかく、この会社がいうほどもうかることなく、何も残っていないなどとは信じ難い事情である」という(総説五の末段)。しかしながら、ここでも原判決の皮相の見が窺える。なるほど重機は増えている。それはいうほどもうかったからではなく、営業政策上やむなきものであり、就中、重機が増えても、借金が増えていること、控訴人会社における重機の購入は総べて超長期の延べ払の支払条件であること明らかであるから、債務がそういう形で増えていることを、何故か忘れた論である。そして、控訴人会社に、預金以下の資産として、あるいは簿外資産として何ら有するものがない現状は、(簿外)経費として消えていることを如実に示すものであり事業界の問題点であるとはいえ、使途を明らかにできない経費をまかなった事実をこそ示しているものである。また、偶々本件裁判を受けている過程で、いいかえれば裁判を受けているが故に各種の経理数字に閲係者が関心を持っていたため発覚した西平の横領事件を、あたかも為めにする主張であるかのように難ずるのも承服し得ないし、「七、八千万円」(前記したように最終的に告訴に及んだのは五、二七五万九、五三七円であるが)にのぼるというのも、単純な七、八千万円の意味ではなく、横領したものを一たんは控訴人会社に返し再び横領するというくり返し分も何回何十回とある意味であり、いわば引き算をしていない数字であるから、もし原判決がそのことを理解していないとすれば不当な引用である。

第三 原判決の「各説」について

以上において既に反論したが、念のため順不同にて次のとおり付言反論する。

1 西平が横領しても、会社は債権を有するから、被告会社の所得に何ら増滅をきたさない(各説八)としているが、それは単なる理屈であり、先に述べたようなやり方でくり返して、しかも長期にわたり多額の金を横領しているため、西平がその発覚をおそれて、数字を出せない、そのうち西平本人も正確なものをつかめない、そして税理士にも仲々見せない、かようにして帳簿処理が全くでたらめだったことこそが顧みられるべき重要事なのである。

右横領の事実は、国税局によって全部の帳簿類を持ち去られた後でも、西平の後任者によって偶々判明している。会社の帳簿類一切を精査して、その上逐一裏付捜査を遂げた当局担当者がこれを知らないとは常識的にも信じられない。してみれば、西平の不正を知りながら全て西平の供述を援用した当局の態度は、西平を悪用したとの大いに疑念があり、またこれに基づいた検察官の各冒頭陳述書及び意見書記載のとおり本件所得額を認めうるところであるとして省みない原判決は到底措信し難い。

2 原判決は、帳端売上げについて(各説二)、架空労務費のうち、財形・OR分について(各説三)、いずれも専ら西平の国税当局への質問てん末書(57・7・7付問七)、同(57・4・2付問七)のみを根拠にその認定をしている。

重機修理費について(各説四)も、総説三で「西平ですら、当時すでに値引となっていると思っていたぐらいで」としたとおり、西平の供述を根拠にしている。

雑収入について(各説六)も主として西平の質問てん末書(57・5・26付問七)に拠っている。

原判決自らが、その取引を「山下のいわば専権」としている重機売却益について(各説七)すら、西平の供述に拠っていることが知れる。

それは既にして前記のとおり疑問があるに加え、それ自体偏頗なものとして納得し難い。

そして、一方で原判決は、一切の帳簿類が引掲げられ、しかも法人と個人の貸借その他の重要事項を記載した資金額り表二冊の返還をも受けず(弁護人の第四回冒頭陳述書二項参照)、いわば手足をぎ取られたに等しく、困難な反証を強いられた弁護人や税理士の関係事項についての主張と反証に対しては、一般論であるとするのである。当の西平自らが公判廷では明白に改めている上、再三述べた経理の実情にかんがみれば、基本的に正当なものと確信される主張を、高まいな主張は空しいとか、一般論として排することは、あまりに安易に過ぎるといわねばならない。

殊に、簿外諸経費について(各説五)は、良し悪しは別として周知の業界の慣行であること、国税当局すら四、一〇〇万円を認めていること(検察官の冒頭陳述書別紙「修正損益計算書」二枚目の使途不明金四〇〇万円、八枚目の同三、四〇〇万円の合計金で、これは起訴されていない。)、ひるがえって前記資金繰り表二冊が返還されていないことに徴し、原判決の認定した所得額は維持できないことは明白である。

なお当期末未払額の中には、元来次期に支払うものとクレーム分との二があり、これを混同し全部が架空修繕費とみるのは明らかにおかしいし、岸本(岸上は誤り)建設の件は、小切手を雑収入にあげたことが、あげ過ぎで誤りであるから、更に原判決の認定した所得額は到底維持できないところである。

3 以上の事実関係、諸事情のもと、控訴人山下が西平と共謀の上、法人税を逃れようと企てたというのは、原判決がいうところの概活的な認識にしろ、およそあり得ないことである。控訴人山下の捜査段階での供述調書には、専ら関係先への捜査の打切りを願って、これを認めたかの、また西平のそれにもこれに沿うかのものがあるが、以上の事実関係、就中公訴事実第二の第一四期決算書作成時の事件発端から作成提出までの経緯を子細に検討するとき、控訴人山下としては、高々、前掲資料比較して四、〇〇〇万円位のつけ落しがあるのではないか、と意見を付したのみであって、直ちに脱税を指示したと短絡することは許されないものであることは容易に了知できるところである。

弁護人としては、控訴人山下に犯意を認めることは到底できない。

以上のことにつき、弁護人は控訴審の正当なご判断を期待するものであるが、仮りに何らかの理由で弁護人の主張の全部または一部が容れられず、法人税違反を免れないとしても、以上の裏実関係で述べた各点及び原審で弁護人が主張済みの情状関係を挙げて情状に斟酌されるとき、原判決の量刑は重きに過ぎるので、破棄の上妥当なご判決を求める。

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